スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

審判の日★

20081120013215.jpg

以前少し書いたことがあるのですが、それからは全く触れずに来てしまいましたが、今日はライト(月)の事について書いてみたいと思います。

気にしてくれている方もいると思いますし。
今まで何も書かずに来てしまってごめんなさい。

実はライトは1ヵ月ちょっと前に見つかり鑑別所の方にいました。

そして今日は審判の日でした。
実は調べ官の人は前回と同じ方でした。

そうです、ウチの事が大嫌いで、相方の事をDV男呼ばわりし、私の事を末期癌だからすぐ死ぬから子供を育てていく資格かないと言った人です。
今回もライトに
「あなたの親はろくでもない親で、おばあさんも頼りない。絶対社会に出さないし、長期少年院に入れるから!!」
と言われたみたいです。
相変わらずです。

でも裁判官の方は、すごくいい人だったと思います。

でも思ったのは、
「審判って必要なのかなぁ?」
ってこと。

もちろん最後に結果が覆される事もあるにはあるのでしょうが、基本的には審判前に、その後の処遇はもう決まっているし、少年院に行く事になるなら、その行き先もすでに決まっているみたいです。
でもその事は弁護士さんは全く知らないみたいで、調べ官だけが知っているみたいです。
行き先は裁判官が決める訳ではなく、その子供にあった所を違う機関で決めるそうです。

審判の内容によっては変更があるのかも知れませんが、だいたいは審判前にすでに決められていたみたいです。

審判なんかする意味、あんまりないんじゃないかなぁ・・・って思いました。
なんか弁護士さんも、可哀想な感じでした(^_^;)

ライトに出された判決は、長期中等少年院送致でした。
かなり遠い場所にある院になる予定です。
面会もままならないです。
と言うか、基本的には自由に面会ができる訳ではなさそうですけどねっ。

いろいろありましたが、とりあえずは、こんな結果になりました。

いろいろ考えます。
悲しい想いもいっぱいあります。
でも、しょうがない事なんだと思いますし、これから送る生活の中で色々な事を学び、考えて、変わる事ができたなら、それが一番良い事だし、ライトにとっては、そんな場所と時間が必要なのかも知れません。

多分、ライトのこれからの人生にとっては、プラスになって行くんだと思います。

ただ、1つ私が思う事は、
「1年って長いなぁ。。」
って事です。
「せめて短期だったら良かったのに・・・。」
と思ってしまったりします。
まぁ、私の勝手な想いで、私のワガママなんですけどね(-.-;)

私にとって1年って長いです。
1年先なんて見えません。
って言うか、1年先なんて信じていません。

でも、ライトが帰って来るのは1年先の予定です。

ライトが帰って来た時、ちゃんと迎えてあげたい。
ライトに帰ってくる場所をちゃんと用意しておいてあげたいんです。

そのためにも、「絶対1年は生きていなきゃ!」って、今、強く思います。
まぁ、もし生きていても、どんな状態でどこにいるかは分からないんだけど、それでも、ライトの帰ってくる家庭を保つためにも、そして、もう1度ライトと一緒の時間を一緒の空間で過ごすためにも、最低1年は頑張って行かなきゃいけないなぁ・・・って痛切に思います。

今までは、先の自分なんて信じていなかったし、自信もなかったし、そんなに強くも望んでいない部分も正直ありました。
でも、今は、幸か不幸か具体的な絶対的な目的ができてしまったので、気持ちも新たに決意も新たに、ちょっとは頑張らなきゃなぁ・・・なんて思ってみたりしています。

今までは先が見えないからこそ、今と言う瞬間(とき)を生きていく事だけを考えてきた感じなんですが、これからは未来を望み信じながら今を生きていこう・・・って思っています。

まぁ、だから何をすると言う訳ではないんですが(笑)
ちょっとした決意でした(笑)

ライトはいろいろやってくれて大変な事もいっぱいありますが、ある意味私に生きる意味や気力を強制的に与えてくれて親孝行なのかなぁ・・・なんて思ったりします(笑)

今は死んでも死に切れません(笑)

しばらくは遠く離れて暮らすことになりますが、一緒に頑張っていこうと思います。


良かったら応援クリックお願いします(^-^)
にほんブログ村 病気ブログ がん・腫瘍へ
スポンサーサイト

テーマ : 思ったこと・感じたこと
ジャンル : 日記

月とL★

この前、月を見つけて転けた夜、月がまたプロフを作ってました。

私は、月は結局は逃げてしまったけど、逃げる時、友達と私の間で迷いながら逃げたんだと信じていました。
だから、それなりに苦しんでたりしてるんじゃないかと思ってました。

でもプロフに書いてありました。

「僕は今度はいつまで逃げれるでしょうね♪(笑顔の顔文字)」

楽しそうな文章。

彼にとって、全てはゲームなのだと感じました。

今、ゲームスタート。
見つかったらゲームエンド。
そしてリセット。

そんな気がしました。

これ以上彼のゲームに巻き込まれるのはごめんです。

今でも体のアチコチが痛みます。
骨転移してる場所が痛むと不安です。

あの日の夜、Lは私に言いました。
「僕、別にもう兄いなくてもいいんだよね。むしろいない方がいいよ。今のままで1人でも大丈夫だし。。」

Lと月はかなり仲がいい兄弟です。
でも、Lは自分の世界を守りたいタイプです。
月にそれを乱されるのはイヤなんだと思います。
月のために親が夜も家を空けたりして、1人で過ごさなければいけない時も多いです。
私が入院中の今、起きてから寝るまでの間、ずーっと家で1人ぼっちの日も少なくありません。

スッゴい寂しいと思います。
スッゴいいっぱい我慢してると思います。

でもLは不満も文句も本当に何ひとつ言いません。
私と会った時は、いつも笑顔でいてくれます。

今の私には、どうしたらいいのか正直わかりません。
月に関しては今は触れたくはありません。
Lのそばにずっと一緒にいたい・・・でも、それはできません。
もしくは、そうするべきなのでしょうか?

誰かが答えを教えてくれればいいのに。

でも、答えは自分で見つけなければいけないんですよね。

人生ってホント難しいです・・・。

事実は小説より奇なり?★

昨日の日記に関して温かいコメントをいっぱいもらっちゃっいました。
ありがとうございました。

でも、あんな間接的と言うか、内容の掴めない文章だけフラッと書くことはいけないのかなぁ・・・って思っちゃいました。
ごめんなさい。m(_ _)m

実は先週半ばから、また月(長男ライト)が家を出てしまっています。
GPS機能を付けてあるのですが、電源が入っていないので反応ナシでした。

しかし昨日の朝、なぜか電源が一時的に入りGPS機能が作動しました。
彼のいる場所が表示されました。

体は抗癌剤の副作用で歩くのもままならない状態ではありますが、ずっと分からなかった居場所が、今分かるのです。

「体も満足に動かないのに・・・」とも言われたし、行ったってずっと同じ場所にいる訳じゃないし会えるわけないだろうとは分かってはいたのですが、急遽外出許可をとり、ついタクシーをひろい出かけてしまいました。

そこに着いたのは位置確認ができてから2時間近く経ってからのことでした。
当然、そこには誰もいません。

数メートル歩くと立ちくらみがするので、しゃがんで休む・・・。
そして極度の筋力低下。
そんな感じでした。
かなり虚しかったです。

それから2時間くらいした時、見つけたんです!チャリでやってきた月を。

私は思わず走り出しました。
と言うか、走って追いかけようとしたのですが、すっかり忘れていました。
今の自分は、満足に歩くことさえできないことを。
当然、足は全く前に出ず、まるでコントのように前のめりに大の字で「ビタン!!」って大きな音と共にスッ転びました(T_T)
周りの人が立ち上がってオロオロしてる姿がチラリと見えましたが、その時の私には月しか見えてませんでした。
でも私はしばらく動けなくて、携帯とかカバンばらまきながら、なんとか立ち上がって必死で歩いて行きました。

少し前に、母も来てくれていたので、母が捕まえてくれていました。

でも色々あって結局は、その場にいた友達?と逃げてしまいました。
どんな理由があるかは分かりませんが、私はまだまだ月を信用している部分があります。
月と私は仲もとてもいいし、イヤな事などがあっても、私の事は分かってくれているとも思っています。

でも、月は自分の意志で私の前から逃げました。
辛かったです。
・・・と言うか悲しかったです。
私は月にとって、どれだけの存在なんでしょう・・・。

それ以上探しまわる体調もなく、夕方には病院へ帰りました。

帰ってからが大変でした。
H野先生が来て診てくれて、傷を消毒したり、骨転移もあるからと、すぐにレントゲンを撮りに行きました。
右腕や左腕を何枚も何枚も撮ります。

今まで知りませんでした。
右腕にも結構大きな転移のあることを。

幸い骨には異常はありませんでした。
でも昨夜はアチコチが痛んだり腫れたりしましたけど(^_^;)

昨夜は本当にやりきれない悲しい気持ちでいっぱいでした。
そして、あんな日記を書いてしまいました。
あんな気持ちもまた残しておきたい・・・って思ってたから。

このブログは、元々、病気や治療の記録と、必要としている方に対しての情報提供と、そして、残していく家族にあてた遺書だったり想いだったり・・・そんな気持ちで始めました。
だから、私が居なくなった時のために、今の私の想いを書き残して起きたかったんですよね。
だから、本音は、生きてる間に家族には読まれたくないんですけど、でも相方とか下の子L(エル)はたまに読んだりするみたいなんですよね(^_^;)
まぁ、しょうがないかっ(笑)

そんな訳で、とりあえず昨日の落ち込みは病気や治療のせいじゃないんですよね(^_^;)

私が凹んでる時は大抵子供絡みの事かもです。
正直、本当に病気関係で凹んだのは「全脳照射対象!」って言われた時くらいかも。

いつもは病気以外の悩みとか辛い事で手いっぱいで病気について落ち込む余裕がない感じです。
もちろん、痛みとか本当に辛い治療や症状がまだ出ていないので、そんな事を言ってられるんだと思いますけどねっ。
正直、子供の事とか家庭の事ばかり考えてたりしてしまって、病気の事はあまり考えたりしてません。
っていうか、自分が病気であることをほとんど思い出しません(^_^;)

そう言う意味では親孝行な子供だなぁ・・・って思います(笑)

とりあえず、今日もみなさんの励ましや想いのお陰で私は元気です!

体中ヒリヒリしたり打撲で痛かったりはしますけど(笑)

みなさん!これからも、呆れずよろしくお願いしますね(^_-)☆

審判の下った日★家族とは・・・

7月31日。

この日私は朝の7時半から外泊のため病院を後にしました。
行き先は浦和の保護観察所です。
以前、息子の家出騒動についつは少しブログに書いたと思いますが、まだまだ終わっていなかったんですよね、実は。

ゴールデンウイークから2回の家出を繰り返し、ついには長男は鑑別所に入ってしまっていました。
まぁ、こんな言い方をしては何ですが、大した事をした訳じゃないから1ヶ月ほどで鑑別所を出る事はできる予定でした。
正直、どこで何をしているか分からない家出中よりは、例え鑑別所でも居場所が分かっている方が全然安心です。
でも、出てからの処遇が問題でした。

子供が鑑別所に入っている間に調べ官の人が色々と子供の育った家庭環境や子供の心情を調べると言うよりは主観と思い込みで作り上げていきます。
そしてそれが裁判官に伝えられます。

7月25日。

審判の日に下された判決は・・・
「実の母親は末期肺癌のためもうじき死にいなくなるので、その後、うまくいってないと思われる養父と暮らしていくのは適当ではない。よって祖母と暮らすのが妥当である。」
と言うようなものでした。

ようするに、私は末期肺癌でもうじき死ぬし、今現在も入退院を繰り返している状態だから子供を監督する事は無理。
父親は養父であり、家庭内DVが行われてる様子もあり、不適当。
「あなたの家には絶対子供は帰しません。」と調べ官には言われました。

すごい考え方。すごい決めつけです。

確かに私は末期の肺癌です。
でも、まだ生きてるし、かなり元気だし、まだしばらく死にそうにないんですけどぉ。。

父親だって、まぁ、養父ではあるし、お互いそれなりに気なんかは使ったりはしてる感じはありますが、別にDVなんかないし、家族みんなで出掛けたりはよくしますし、結構コミュニケーションもある家庭の方だと思うんですけどねぇ。

でも、事実なんて関係ないんですね。
何も調査したり話を聞いたりしなくていいんですね。
勝手な決めつけと想像だけで判決は下ります。
・・・私たちは子供の身元引受人としては不適格であると・・・。

子供は埼玉に住んでいる祖母の家に引き取られる事に決定しました。
原則として保護観察は20歳までです。
「もう生きている間に一緒に暮らす事はないんだなぁ。。」
って思いました。

すごく悲しかった。

気を抜くと、カーテンをひくと、涙が勝手に止めどなく流れてきちゃいます。

その判決にはみんな不満でした。
って言うか、ありえないでしょう!!
人間として、どーよ?!って感じです。

このままでは納得できません。絶対に。

どんな結果になるかは予測はつきませんが、子供を取り戻すために、保護観察官の方に相談するために浦和の保護観察所にやってきました。
かなりの権限を持っているそうです。

入室し少し話していると、保護観察官の方は戸惑いを見せ始めました。
「どうしてみんな立川がいいと思っているのに立川じゃないんですか?」
いきさつを説明し、想いをつげていきました。
その保護観察官の方は普通に全てを納得してくれて、1つ提案をしてくれました。
「その決定が不当だとしても、私達にそれを覆す事はできません。でも、居住の変更と言う事で届け出をだしてもらえば、埼玉から立川で生活をする事ができますし、身元引受人もご両親に変更できます。」
と言うものでした。

判決の下された日、とってもとっても悲しくて悔しい想いをしたのに、たった1枚の用紙を提出する事で全て解決してしまいました。
なんか不思議な感じです。
あの裁判は一体どんな意味を持っていたと言うのでしょう?
裁判ってもっと絶対的な力や強制力があるものだと思っていたのに、こうもいとも簡単に状況を変える事ができるものなのですね。

でも何も知らなくて判決を鵜呑みにしていたら・・・。
人や家族の人生がかかっているのに・・・。

裁判って、法律って、一体何なんでしょうね。
人を救うためのものでも、公平なものでも、正義でも、平等を保つためのものでも、なんでもないと思います。

なんだか納得できない物を感じるのですが、まぁ、よい結果を得る事ができたので全て良しとしましょう(笑)
これで8月1日付けで子供は私達の元に帰ってくる事になりました。

いろいろ躓いたり迷ったりしてきましたが、きっとそれらの事は、プラスの方向に働くと信じています。
今回の事で、子供ともいっぱい今までにないコミュニケーションを図れたし、以前よりもう少しだけ分かり合えたと思います。
これからきっと少しずつ今までとは違った家族の形態になっていくと思います。

改めて家族一緒に暮らす事の大切さに気付き、お互いの大切さに気付き、それぞれが理解と思いやりを持てるようになるイイきっかけになったんじゃないかなぁ・・・って思います。

まだまだいろいろあるだろうし、綱渡り状態ではありますが、みんな一緒に頑張っていける気がします。

この件で今まで気にかけてくれたり、心配してくれたりした方々がいっぱいいました。
いろいろありがとうございました。
よくやく家族の形を取り戻す事ができました。
家族みんなが揃って暮らせる何気ない毎日が、とっても貴重でとっても幸せだと改めて気づいた今日この頃です(^-^)
プロフィール

MIKA☆

Author:MIKA☆
仲良くしてね~☆

ブログランキングに参加しています☆
にほんブログ村 病気ブログ がん・腫瘍へ
FC2ブログランキング☆

FC2Blog Ranking

最近の記事
検索フォーム
カテゴリー
カレンダー
05 | 2017/06 | 07
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -
月別アーカイブ
FC2カウンター
最近のコメント
リンク
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

RSSフィード
blog pet
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。